研究ノート

芸術による教育の会研究部長:佐藤かよこ

芸術による教育の会副理事長:寺尾憲


子供の絵の発達段階

幼児は物を見て描いていない

 子供の絵の発達段階

 子供の絵は成長するに従い、あるいは知能が発達するに従い変化していきます。この変化は世界中のどの子供にもあてはまることであり、そのパターンは共通しています。ここではローエンフェルトの研究をもとに、著者の長年の研究成果をふまえて、最も分かりやすく子供の絵の発達段階を示します。

(1)擦画期(1才~2才)

 子供は、はじめにチョークやクレヨン、鉛筆などを、壁や床や紙になすりつけ、そこに自分の手の運動の痕跡が現れることに興味を持ちます。子供の絵はここから始まります。子供は最初から自分の感情や考えを表そうとして絵を描くわけではなく、このような材料体験のおもしろさが進んでメラメラ描き(ぐしゃぐしゃ描き)を盛んにするようになります。この時期の子供の絵は運動的な快感と、よごす興味によって描かれます。この時期の『なすりつけ』『こすりつけ』は決して意味のないものではありません。親をはじめとしてたいていの大人は、子供のこのような行為を、意味のないもの、汚いものとして価値を認めず、怒ったり禁止したりしがちです。これは大きな誤りで、子供の絵の出発点でそれを取り上げてしまったら子供の発達は遅れたり、止まったりします。

(2)錯画期(1才6ケ月~3才)

 この時期の子供の絵は、今までぎごちなく打ち付けられていた点や、身体の重みで引かれたこすりつけの線もしっかりしてきます。強い線がたくさん引かれ、やがて、曲線が引かれ、円形の線も描けるようになってきます。大人から見て、ただのいたずらとしか見えないこの『なぐり描き』の時代は、物に作用し、その物と自分との関係を知り、目と手の運動を一致させるものであり、肉体的にも快い満足感を得ているのです。この時期を経て、次にものの形が生まれてくるのであり、形になっていないからといってこれを禁止したり、早くから何か形らしい物を描かせようと無理強いしてはいけません。絵を描くことの好きな子供は、この時期にぐしゃぐしゃ描きやなぐり描きを充分にやって満足した子供なのです。

(3)象徴期(3才~4才)

 子供はぐしゃぐしゃ描きをしているうちに、お話をするようになり、線のかたまりや円形らしき物を指して、『りんご』とか『お母さん』とかいうようになります。それは大人から見れば、そのものの形といえるものではありません。この時期の子供の絵には、三角や四角や円らしきものが記号のように象徴的に表れます。見たり聞いたりの経験の中で、偶然に思い付いたことを象徴的に表すもので、最も自己中心的な時期です。円形らしき物を『りんご』といったかと思うと、次には同じ物を『お母さん』と言ったりします。

(4)カタログ期(3才~5才)

 この時期は自分の知っている形が色々と描けるようになります。3~4才にかけて、たいていの子供はこの段階に達し、知的欲求も目立ち、記憶力、思考力も発達し、自分の知っていることや経験したことなどを表現しようとします。

 物の形は簡単な線により暗示的説明的に表現されます。描かれている形は説明されなくても十分に理解できます。この時期の絵の特徴は、描かれたもの同志がまったく関係がないことであり、大小関係、因果関係、つりあいなどがとれていないのが普通です。画面に木を描いたかと思うと次は魚、次は太陽といった様に脈絡なく並べられていきます。ちょうど商品のカタログでも並んだように描かれているので、カタログ期と呼ばれています。

 この時期は言葉も相当豊富になっている時なので、物の大小の比較や正確さや順序などを批判したりせずに、子供にたくさん話しをさせ、相槌うったりして、次から次ぎと羅列的にたくさん描かせることが大切です。

 又、この時期は色彩に対して興味を示す時でもありますが、使用される色は必ずしも物の固有色ではなく、情緒が先行し感情の色が使われます。この時に、色が間違っているという指摘は決してしてはいけません。その色を選ばなければならない心や体の必然性を理解する必要があります。

(5)図式前期(5才~6才)

 子供が知的な面にも情緒的な面にも成長してくると、自分を取り巻く周囲の関係や状況を知るようになってきます。そして、人とはこんなもの、家とはこんなもの、自動車とはこんなもの、というように一つ一つの事物について確かな認識を持ち、それぞれの概念も形成されていきます。

 特徴的なことは、例えば家、木、太陽、山、花などに見られる記号的(図式的)な要素がどの子供にも共通していることです。画面には上下左右ができ、大小のバランスや物と物との関係づけができてきます。色についても物の固有色を使う傾向が出てきます。

  図式前期の子供の絵には大きな特徴があります。それは『ベースライン』と呼ばれるもので、地面との境界に一本の線が引かれます。そして家、木、花、人物、動物などはすべてこのべースラインの上に並びます。空は上にあり、空の境界にも線が引かれることもあります。地面は常に下にあり、したがってべースラインも画面の下方ぎりぎりに引かれることが多い。又、画用紙の下の縁をべースラインと考える子供も多く見られます。

 地面と空の間はいわゆる『空気』であって、そこには何も存在しない。これがこの時期の子供の空間認識なのです。

(6)図式後期(7才以上)

 図式前期を過ぎて後期にはいってくると、物と物の重なりや遠近が画面に表現されてくるようになります。そうすると、空は下方に下がり、地面が上方に上がり、空と地面がやがて接するようになり、地平線や水平線が見られるようになります。この時期になって、子供は立体的な表現が可能になってきます。見えたとうりに描くことができるようになり、写実に興味を持ってくるのです。物を見て描く方法はこの時期から出発させることが重要です。図式後期以前に写実を強要すると、子供は消化不良を起こし、絵を描くことが嫌いになってしまいます。

◇幼児はものを見て描いてはいない!

 幼児が絵を描く時、はたして見て描いているのでしょうか?アメリカのローエンフェルトは後世に残る有名な実験を行いました。弱視(ほとんど見えないか、かすかにしか見えない)の子供を集めグループをつくり、そして普通の視力を持つ子供達をグループとして集め、人物を粘土でつくらせ、そして描かせました。ローエンフェルトは、『もしも、幼児が、物の形を見て描いているのなら、見える子供と見えない子供では、ちがう形が描かれるだろう』と考えたのです。

 実験の結果は、驚くべきことに、どちらのグループともほとんど同じ人物が作られ、そして描かれたのです。幼児は、物を見て描いていなかったのです。

 幼児の描く形は、内発的なものであって、心の中に作られているイメージが表出しているのです。

 ご父母の皆様は、はやく我が子がまともな形を描いてほしい、普通の絵(見えた通りの絵、写真のような絵)を描いてほしい、と願うために、ついつい幼児の描く絵に文句をいったり、大人の感覚で絵に手を入れたりします。実はこれはいけないことなのです。絵が嫌いになってしまう幼児は、多くの場合、見えた通りに描くことを強要された経験があるようです。遠近感、ひろがりが、画面の中に出てきたとき(図式後期)に写実を教えることが、重要なのです。

 近代美術の巨匠と言われている 『ミロ』や『クレー』は、形の原点を追及して、独特の『形』にたどりつきました。その『形』は、幼児の描く最初の『形』(象徴期に描かれる形)にそっくりだったのです。

 幼児が描く『形』には、その幼児の必然性があります。大人の価値観で評価することは、その幼児の正常な心の発達と知能の発達をゆがめてしまうこともあるのです。

 子供の絵は、大人が遥か昔に失ってしまった心の形なのです。