研究ノート

芸術による教育の会研究部長:佐藤かよこ

芸術による教育の会副理事長:寺尾憲


性格はいかに作られるか

トイレトレーニングと性格形成

 トイレ・トレーニングと性格形成 離乳後から幼稚園入園までの時期を肛門期といい、トイレ(排尿、排便)のしつけを通してセルフコントロールの訓練をする時期を指しています。このしつけがあらゆるしつけの原点といわれ、欲求充足を延期する訓練であり、おむつの場合と異なり、どこでもその場で排せつするのではなく、トイレまでの間を我慢することなのです。
 このしつけが厳しすぎると、他の面でも厳しすぎて、きちんとしなければ気がすまない、いわゆる四角四面で融通のきかない性格が出来上がると言われています。そしてこのしつけがさらに厳しく行われた場合、その反動として、ケチな人間・恥知らずな人格が形成され、成人してから肛門期的性格と称されるゆがんだ性格の持主となってしまうといわれています。

肛門期的性格の形成
 フロイトは精神分析治療の時の患者の回想から、幼児期の排尿・排便についての経験が人格形成上、重要な意味があることを発見しました。すなわち、『きちょうめん』『わがまま』『頑固』『ケチ』という性格特質を持つ患者には共通して幼児期の排尿・排便のしつけにつまづきがあり、このような性格を肛門期性格と名付けました。
 子供が母に大便を排せつするように要求された時、子供が良い母子関係のもとに、快い感覚で排便した場合、気持ち良くウンチをすること、つまり『気前よく自分のものを放出する』という基本的な経験をします。こうした経験をいつもいつも繰返して育った人は、自分のものを気持ちよく出す、という基本的な性格傾向を獲得することになります。ちなみに、大便は金銭とか贈物の象徴とされています。
 ところが、母と子供のコミニュケーションがうまくいかず、安心して喜んで気持ち良く排せつができない子供は、要求された通りに出すことを拒否し、排せつを拒否してためこんでしまいます。こうした経験を繰返していくと、排便によっていつも引起こされる不快な経験を通して、人に言われても素直に従うことを拒否し、頑固に自己主張をし、いわゆる頑固という基本的性格を身につけることになってしまいます。
 大便を出さないでじっと我慢してしまっておくことに快感を見出だしている子供は、保留』の快感を持つために、ものを出したがらない、すなわち『ケチ』という基本的性格特質をもってしまうと考えられています。又、このほかに、いつまでも乳児の時のように、排せつのしつけをしないでいると、保留の快感ではなく、周囲におかまいなしに自分の好きな時、好きなだけ排便することに固着してしまい、『自分勝手』『わがまま』という性格特質を身につけることになってしまいます。
 又、この逆に、母が余りにも清潔好きで、少しでも下着を汚すと、「汚い、汚い」と神経質にしつけて育てると、子供は自分が下着をよごして母に叱られるのではないかと、いつも意識するようになり、『きちょうめん』『清潔好き』という特質が形成されるといわれています。以上、肛門期のしつけ方による性格形成の三つのパターンを理解して下さい。

肛門期と秘密
 現代社会は情報化社会といわれるように、何事も情報化される巨大な仕組みとパワーが人々の心に不安を与えています。
 秘密を持つということは、一般的に悪いものと考えられがちですが、人は誰でも人それぞれの秘密を持っています。秘密の心理は、どのような秘密を持つかということよりも、『秘密を持つこと』『それを漏らすこと』『共有すること』が、人と人との間をどのようにつなげるか、そしてそこからどんな人間どうしの関係をつくり親密度をつくりあげるか、ということに深くかかわっているものです。社会、集団、家族、友人、夫婦、親子等、それぞれの関係を維持する秘密が存在するはずです。その秘密が漏らされ、漏らすということは、その関係を壊し、裏切りにつながります。
 秘密とは英語で secretといい、ラテン語のセクレータが語源とされ、セクレータは分泌物を意味します。
 人間は他人との境界・区別は、自分が生理的に分泌するものを、人に触れさせない、人にくっつけないという配慮によって保たれています。唾液、汗、涙、大小便等、自己の尊厳を保つために、これらを人目に触れさせたり、肌に触れさせたりしない心掛けを小さい時からしつけられ、エチケットとして身につけます。それだけに、これらの分泌物の共有は精神的な親密さの証を意味することにもなります。つまり、秘密イコール分泌物ということになるわけです。
 汗をふく、よだれをふく、大小便の排泄について、子供は自分で自分の意志で始末したいと思う、すなわち母の干渉を受けたくない気持ちとは反対に、一方ではまだ母の世話になり、依存している。こういう中で子供は自分の意志を持ち、自分の好きなように自分を発揮したいという気持ちが高まっていきます。
 フロイトは精神分折的にこの『秘密の心理』をさかのぼっていくと、最初の秘密は乳幼児期における大便であると考えました。大便は自分の内部にあって大切なもの・保持したいもの・隠し保持するという自律的意志にかかわるものであると考えました。
 この自分にとって大切な自己感覚の一部を外に排せつするが、特に母は一定の時と場所で排せつすることをしつけようとします。
 しかし子供の心理としては、この大便を大事に自分の中に保持し、ためておきたいという気持ちがあり、この自分の大便に対する執着が自己感覚の形成と自律的な意志の成立につながるとフロイトは述べています。
 トイレ・トレーニングはこの自分の中の大事に隠し持っている大便を快く社会のルールに合うように排せつし、手放すことを訓練する一つの大切なしつけの局面でもあります。従って、この排せつのしつけが、それを通して自己愛が満たされるか、傷つくかが性格形成に大きな意味を持つわけです。
『あら、うまく出来たわね』『間に合ってよかったわね』『すっきりしたでしょう』きれい、きれいになってよかったわね』、という排せつ時の子供へのメッセージと共感が、トイレ・トレーニングを成功させる大切なカギです。
 ようしゃなく下着をはぎとり、しくじりをなじり、号令をかけるようにトイレへ駆け込込ませ、出来ても当り前のように傷付ける母であるか、やさしいおもいやりでそっと始末を手伝ってくれる母であるか、そのどちらかかを見知ろうとする不安感が子供の中に存在します。ましてしくじりを大声で人に聞こえるようになじったり、人前で下着をはぎとったりしたら、自分の恥ずかしいことを暴き、自分の排せつを手伝ってくれる母との大切な秘密を母が暴露することになり、その結果、母との親密な信頼関係が壊れてしまいます。
 このようなトイレ・トレーニングの失敗が、人を信頼せず、人の秘密を暴き、恥を知らない人格を形成することになるわけです。このように排せつ時に受けた心の傷は、深ければ深いほど、人の秘密を暴くサディズムの心理、そして、自分の恥部や裸を平然と露呈するマゾヒズムの心理の深層にかかわってくると言われております。
 『たかが排便・排尿、されど排便・排尿』。誰にでもある生理現象だからというものではなく、トイレ・トレーニングは、母との信頼関係と、母が守ってくれる秘密であるという子供の無意識の大切な心理であるということをわかって頂たいと思います。