絵がヘタでなにが悪い!

絵がうまく描けなくちゃダメなのかぁ?!

ああ、、あのぉ、、開き直っているわけでも、怒っているわけでもありませんので、ご心配なく。

児童画展などでは、観覧者の方が子どもたちの絵を見ながら あちらこちらで感嘆の声をあげていらっしゃいます。

「まあ! この子上手ねぇ! 1年生なのにこんなに上手に描けるなんて!」

声をあげていらっしゃる方にとっては全く素直な感想だと思いますが、子どものちょっとしたヒネクレ心が発動すると

「ええ、ええ、上手ですね・・  ほんとですね・・  それに比べて私は4年生なのに ずっとずっとヘタですよ。そうやって他の子の絵ばっかりほめていればいいんだよ! もう絵なんて大キライ!」

なんて、最悪のパターンをたどってしまったりして、、、、

こんなふうに心配してしまうのは私だけでしょうか?

絵を見て上手だとほめるのは 私はけっして悪いことではないと思います。ほめられて認められて子どもたちは自信を持ち育っていきます。

美術教室の子どもたち、生徒さんも その多くが絵が上手くなりたいと思って来てくれています。私も子どもたちに「上手くなったねえ!」「これをやると上手になるんだよ!」などと声をかけることがしばしばありますし、子どもたちの絵が上手になることを喜ばない指導者はいないのではないかと思います。

しかし、中にはちょっと違っている子もいるんです。

絵が上手になりたいと思っていない子が、、、

もっと正確に言うと、

“絵が上手に描けるかどうかを全く気にしない子” 

文章で伝わるかどうかわかりませんが、例えばこんな具合です。

教師「〇〇くんはいつも楽しそうに絵を描いてるね! 今日は何を描くのかな?」

〇〇くん「電車!」

教師「そうか、楽しみだな。出来たら教えてね、」

                     5分後

教師「あれ? 〇〇くん恐竜を描いてるんだ。電車を描くんじゃなかったっけ?」

〇〇くん「もう描いちゃった! 新しいページに恐竜を描いてるんだ!」

教師「ああ、、そうなの、電車はどんなふうに描けたのか見たいな」

〇〇くん「えぇ! ? 今見せるの?  めんどくさいよ! 恐竜がいいところなんだから!」

教師「ああ、そうか、ゴメンゴメン。じゃあ後でいいから電車と恐竜の絵を見せてね」

〇〇くん「わかった、わかった!」

                      5分後

教師「どうかな? おやおや、せっかく上手に描いてた恐竜が真っ赤になってるよ?  どうしたの?」

〇〇くん「恐竜は火を吹いて自分で燃えちゃったのだ! うおー」

教師「ああ、そうなんだ(汗)   電車の方はどうかな?   ありゃりゃ、こっちも真っ赤だよ!」

〇〇くん「電車もとっくのむかしに恐竜の火で燃えたのだ! うおー」

と言った具合。

こんなやり取りがあると、描けているのにもったいないという気持ちと、裏腹に

“うらやましい!”

という私自身の感情に気付きます。

“絵が上手に描けた”    という結果ではなく

絵を描いているその瞬間を 心と体全部で楽しんでいるのです。

それゆえに結果としての作品が残らないことも多く、上手だとほめられる評価もありません。

でも、〇〇くんは 何の後悔も無く、すがすがしい表情で満足しているわけです。

自分のことを考えてみると、小さい頃から絵が上手だとおだてられて、その気になって、がんばってたくさん絵を描いて、ほめてもらいたいがために努力してきて、いまだにその気持ちは全く変わっていません。上手になりたいと思い続けています。

そのこだわりから解放されることはないのかもしれません。

絵を見るときに     上手⇄下手    という価値基準を消し去ることは難しいと思います。でも そうでない絵の見え方が出てくれば

今よりもっと絵を描くことを楽しむ人がずっと増えると思います。

絵が上手でも下手でもオッケー!

絵が下手でも何も悪いことはありません!

下段登




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