反面教師から学んだこと-子どもの絵に手を加えられない理由-

デリカシーのない先生が、子どもの絵に平気で手を加えます。

私は、小学6年生の時にどうしても油絵を描きたくて美術教室に通い始めました。

教室の先生に「デッサンが描けないと油絵は描かせてあげられない」といわれました。

はじめての木炭デッサンです。石膏でできた円柱と立方体を毎週一ヶ月ほどかけて描きました。

次にやはり石膏でできた「棒持つ手」、次に石膏「アグリッパ半面(面取り)」、そして「アグリッパ半面」、続いて「アグリッパ頭像」。

なかなか油絵を描かせてもらえません。

しかも、私自身はデッサンが出来上がるたびに(めっちゃよう描けたわ!僕って天才かも!かげをつけて立体的に描けたで!早よ持って帰ってお母ちゃんにも見せよ!)と心の中で自画自賛していたのですが、

先生は、それらのデッサンすべてに最低ランクのcを付けたのです。

(今振り返ると、ちっとも上手じゃないデッサンですが・・小6レベルでは天才レベルに感じたのです。)

私は、だんだんと教室に通うのが憂鬱になってきました。

そして、「先生、油絵描かせてもらわれへんねんやったら僕教室辞めます。」と告げました。

すると、先生が渋々、「わかった、そろそろやるか!」と言ってくれたのです。

そして天にも登る気持ちで始まった「初めての油絵」

モチーフは、テーブルの上に陶器でできた水差しとティーポットでした。

3ヶ月くらいじっくり教えてもらいました。

形がくるっている所を先生が手直ししてくださいました。

私はプロの画家を目指していたので、先生の指導を真剣に聞き理解を深めて行きました。

毎回のレッスン後に、母や祖母に見せるのが楽しみでした。

まだ仕上がっていない絵をいつもテレビの上のみんなが見えるところに飾り、この後どこをどのように描こうかなあとイメージしながら、次のレッスンを楽しみにしていました。

これは、美術教室の先生になって生徒達に「まだ完成していなくても、ぜひ家族が毎日見るところに飾ってね!」と伝えています。

「もう、次で完成やなあ」と先生に言われ迎えた最終日。
その日、先生の教え子の芸大生が教室に訪れました。

その日の先生は、その教え子と話が盛り上がっている様子で、私のことはお構いなし。

おかげで私は最後の一筆まで集中し描くことができました。

(もう、これ以上良うできへん。傑作や!ゴッホ以上やろ!)と上機嫌な私。

「先生!できました!」

きっと褒めてくださるだろうと期待していた私は、味わったこともないような屈辱を味わうのです。

先生は私の椅子に腰をかけると、教え子との会話を続けながら、パレットに新しい絵の具を絞り出し、グイグイと描き始めました。

「セザンヌはね、、、、」

どうやら、セザンヌの解説を私のキャンバスを使ってはじめたのです。

色も形もみるみるうちに変わっていきました。

モチーフとは全く印象の違うものになっていきました。

(もう、やめてくれ!)

私は心の中でそう叫んでいました。

今振り返ると・・まさにその先生は、大人になりきれない永遠の少年ピーターパンそのものだと思います。

私はその作品を持ち帰り、乾いた布で絵の具を拭き取りました。

そして、その日のうちに描き直しました。

油絵なので、その日に描いた絵の具は簡単に拭き取れ、ほぼ元どおりになりホッとしました。

その日を最後に私はその教室は辞めました。

そして、美術大学に入学するまで、セザンヌの絵が大嫌いでした。

まさか、自分が美術教室の先生になるとは思っていませんでしたが、あの時の最悪な思い出は自分が美術教室の先生になってみて、反面教師としてとても役立っています。

キャンバスは、作者自身の心を受け止め映し出してくれる大切な対象です。作者以外の誰も立ち入れない守られた空間です。

どのような絵を描きたいかは作者しかわかりません。先生のイメージと生徒のイメージは決して一致しないのです。

「もっと、こうすれば良くなるよ!」と思っている先生は、浅はかな自分自身の狭い経験の中でしかアドバイスができていないのです。(あのときを思い出し、ちょっと感情的に書いています。)

私が私自身の考えを生徒に伝えたい時には決して生徒のキャンバスに描いて説明したりはしません。

私自身のキャンバスを用意してそこに描きながら生徒に解説します。

もし、教師が生徒の作品に手を加え、生徒がそれを認める関係になってしまうなら、それは共依存の関係になってしまいます。

カルチャーセンターでの大人の生徒さんと先生との関係といえばわかりやすいでしょうか。

生徒:「先生、私のことを特別に見てくださいね。」

先生:「もちろん」「私についてきたまえ!」

あああ!私の大嫌いなタイプの先生です。

私は美術大学でも教えていますが、美大生で先生の話を従順に聞いて従う学生で良い作品を作る作家になった人を知りません。

先生という職業は、生徒を自立させるためにあるのです。

生徒を卒業させるということは・・

先生の仕事は・・・

「先生!私はもうあなたを必要としません!」と言わせることです。

「先生は素晴らしい!先生がいないと私はいきていけません!」と言わせることではないのです。

芸術による教育は、生徒が教師に依存する関係ではなく、生徒の心と意思を尊重し、共感し励ましながら生徒の自信を育み自立を応援します。

生徒と教師という主従関係より、生涯かけがえのない対等な友としての関係になることの方がよほど素敵なことだと思います。

  

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PROFILE

屋嘉部 正人
屋嘉部 正人芸術による教育の会GM
沖縄生まれの大阪育ちの千葉県野田市在住
多摩美術大学絵画学科油画専攻卒業
横浜美術大学絵画コース非常勤講師

大学四年生から芸術による教育の会で美術教室教師としてアルバイトを始め、大学卒業とともに同会に入社。

美術家として個展やグループ展など多数発表を続け、新制作協会に所属。

50歳を機に人生をリセット
・右利きを辞めて左利きとして生まれ変わる
・やりたくてやらなかったことを全てやる
52歳で新制作協会会員を退会
53歳でこれだけはやめられない一番好きなお酒をやめる
・芸術による教育を全国に広める伝道師として芸術による教育の会GMとなる
・「紙コップのインスタレーション」を各地で実施。