「鴻巣アートの森」購入物語 Part-02

ひととおり、屋内を見学して回り・・次は屋外です。

なんといっても1500坪の広大な森です。

Google マップで見るとこんな感じ

 

どこを歩けばイイのやら・・竹と樹木が生い茂り、鬱蒼とした深い森です。

大げさではなく・・どこまでが森なのかわからない・・終わりが見えないほどに樹木が生い茂っています。

敷地の外周を回って、その大きさを確認はできましたが・

樹木が所狭しと生い茂り、とてもじゃないですが森の中を歩いて全てを見ることはできませんでした(実は今でも森の全ては歩けていません)。

 

 

森の中の重要な場所として、お稲荷さんが祀られています。

一目見て・・(ゾクゾク)っと何かと繋がる感覚に包まれました。

ずっとこの場所を守ってきてくださったお稲荷さんです。

 

そして、次は畑・・・

畑は3箇所に分かれて・・約700坪あります。十分以上にでかいです!

 

生徒たちご家族で来ていただき、好きな野菜を育てるのもいいでしょうし・・・

ここ鴻巣市はお花の栽培のメッカでもあります。

お花農家の方にレクチャーしていただき、みんなでお花を栽培しても素敵ですね。

 

 

 

約40分ほどかけての屋内・屋外見学の後に、Tさんご家族からのご挨拶がありました。

 

直にお会いしてご挨拶を聞くと、Chatworkのメッセージでのやりとりでは感じ得なかった暖かいご家族の雰囲気を感じ取ることができました。

先祖代々7代にわたって継承して来た歴史ある名家であると言うことがわかりました。

そして、Tさんご家族とこの家での思い出と愛着・・

もしこの場所を手に入れたら・・・

「この家の歴史も一緒に継承しなきゃ」

そんな重みを感じました。

 

さて、これだけの広大な敷地と立派な古民家と別宅・・そして土蔵のある素晴らしい物件です。なぜ?地元の不動産屋さんを通してではなく・・「家いちば」で扱ったのでしょうか?」

「家いちば」はなかなか売りにくい物件を扱うサイトのはずです。

??? (売りにくい条件があるのだろうか?)

 

実は、あったのです!

特別な条件が・・・

売主のTさんからの条件は・・・

1、森を更地にすることなく、この自然の森を残して欲しい!

2、古民家を取り壊さずに大切に使って欲しい!

この2つの条件がTさんご家族にとって大切なものでした。

上のグーグルマップを見ていただくとわかるように、緑が密集しているのはこの場所だけです。

多くは畑になっていますが、実はこの周辺は新興住宅地として若いご家族向けに建売物件がたくさん販売されています。

徒歩3分のところは、新築建売住宅が立ち並んでいました。

徒歩5分のところにはスーパーマーケットもあり便利です。

売主のTさんご家族にとっては、生まれ育ったこの思い出深い愛着ある森や母屋を大切に維持してくれる後継者を求めていたのです。

2000坪以上もある敷地に1500坪の森。築88年の古民家と別宅と土蔵、そして700坪の畑を一般のご家庭で維持管理していくのは大変なことです。地元の不動産屋さんにとっては確かに売りにくい物件なのでしょう。

しかし、私たちにとっては違います。

まさに、私たちは自然の森を求めていて、子供たちとその保護者が集まれる大きな家、この場を大切に維持し使用していくことが私たちが求める活動そのものと一致します。

 

私たちが探していた森と古民家がこんな近くにあった。

私は、Tさんからのこの特別な条件を聞いて、すぐに「この場は私たちが必ず所有することになる!」と確信しました。

なぜなら・・相思相愛・・求め・求められる関係だから

 

Tさんご家族からのご挨拶のあと、見学者一人一人自己紹介をしました。

自己紹介の後は、この物件についての質問の時間をいただきました。

私はその時に何を質問したかなど全く覚えていません。

ただただ、この場所が持つ長い歴史とオーラの強さに圧倒されながら、心の中で「すごい!すごい!」と何度もつぶやいていました。

 

そして、この奇跡と出会いに「ありがとうございます!」と感謝したのでした。

森の木かげから母屋の灯りがうっすらと見えます。

「鴻巣アートの森」購入物語 Part-03へ つづく・・



 
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PROFILE

屋嘉部 正人(わかめ先生)
屋嘉部 正人(わかめ先生)芸術による教育の会 代表取締役社長(2026年〜)
沖縄生まれの大阪育ちの千葉県野田市在住
多摩美術大学絵画学科油画専攻卒業
多摩大学大学院 経営情報学研究科修士
芸術による教育の会 代表取締役社長(2026年〜)

大学四年生から芸術による教育の会で美術教室教師としてアルバイトを始め、大学卒業とともに同会に入社。

美術家として個展やグループ展など多数発表を続け、新制作協会に所属。

50歳を機に人生をリセット
・右利きを辞めて左利きとして生まれ変わる
・やりたくてやらなかったことを全てやる
52歳で新制作協会会員を退会

・芸術による教育を全国に広める伝道師として芸術による教育の会GMとなる
・「紙コップのインスタレーション」を各地で実施。